思ったこと

id:ublftbo さんに苦言を呈されていた*1ので、http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130809/p1 に対してちょっとなあと思ったところを挙げておく。

sivad氏は

さて、NATROM氏はAMA(米国医師会)1992年報告書を中心的な根拠としてあげていますが(http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20130711#p1)、その2年後、1994年に出ている同会らの報告書には以下の記述があります。

と書いて、EPAIndoor Air Pollution: An Introduction for Health ProfessionalsFAQ1を引いている。sivad氏が引いているのはFAQ1の最後の段落の前半だが、最後の段落を丸々引くと次の通りである。

The current consensus is that in cases of claimed or suspected MCS, complaints should not be dismissed as psychogenic, and a thorough workup is essential. Primary care givers should determine that the individual does not have an underlying physiological problem and should consider the value of consultation with allergists and other specialists.

ここで、第2文は "Primary care givers" に対して "a thorough workup" の手がかりを与えているものというのが素直な解釈だと思うが、その内容は、化学物質過敏症(MCS)が疑われる場合("primary care giver" の診断かもしれないし、患者の訴えかもしれない)に、

  1. まず "underlying physiological problem"、要するになんらかの病気などの生理的なものからくる症状*2ではないか確認する。
  2. allergists または他の専門家に consult する価値があるか検討する。

となっている。

1. では、なんらかの病気や障害から症状が出ていないか確認しましょうとなっていて、そうならそっちの対処をしないといけませんねとなるのだと思う。そこまで書いていないけど。

症状の原因となるような病気や障害が特にみつからない人に対してどうするかが 2. で、アレルギー科または“ほかの”専門家に consult することを検討しろとある。

2. 専門家への consult を検討して出てくる対処はというと、

    1. consult しない。自分 (患者がまずかかった "primary care giver") の技能の範囲で対処できると考えて対処する。
    2. 何かしらの専門家に consult する。

になる。
"consultation with" は具体的には、その "primary care giver" の診立てを記述した紹介状を書いてしかるべき医療機関に紹介する、複数の科がある病院でふさわしいと思う専門家がいればカルテを見せて意見を求めるといった行動になるのだろう。

助言を求めるべき専門家にまず "allergists" が挙げられているのは、この文書を上から見て行くと、化学物質過敏症 (MCS) の項目より前に、"Indoor Air Pollution" 室内の空気の汚染の原因と、それによる症状 (Key Signs/Symptoms)、診断の手がかり (Diagnostic Leads)、治療の方法 (Remedial Action) がずらずらと挙げられていて、その中にアレルギーに関する言及がかなりあることから、特に多そうな consultation 先として挙がったというところではないだろうか。"other specialists" については、最初に挙げたアレルギー科以外に相談するのがふさわしいことだってあるよという含みだと私は読んだ。

以上のように見てくると、"a thorough workup" を「包括的な検査」と訳すのはどうなのかな。「気のせいだから特に問題ありませんよ」で追い返さず、個々の患者を診断して必要と思われる専門家に紹介するという手順をきちんと踏みましょうということだと私は解釈したのだけれど。

つまるところ、「環境臨床医」の取り組んでいることこそ正しい方向だとか、「環境臨床医」こそそういう人を診るべきだという話じゃないと思うんだよね。
むしろ、FAQ1の第三段落で "Some practitioners believe that the condition has a purely psychological basis."..."Others, however, counter that the disorder itself may cause such problems,"... と両論併記していたり、第一段落で "although definition of the phenomenon is elusive and its pathogenesis as a distinct entity is not confirmed" と書かれていることから読み取るべきことがあるんではないかと思うけどな。


ではNATROM氏はどう対応すると言っているかだけれども、webでは「化学物質過敏症」というのが「医療化」に使われているという批判*3とか
が中心なのでちょっと分かりにくくはあるのだけど、

http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20060129

しかし、他にも除外すべき疾患(皮膚筋炎など)があると思われるが

と書いているので、1. のなんらかの病気や障害から症状が出ていないか確認する必要は考慮されていると思われる。
それ以降の対処については、http://members.jcom.home.ne.jp/natrom/deny.html

例えば、これまで安全であるとされてきた量のホルムアルデヒドに暴露することによって、健康被害が生じる人が存在する可能性は、十分あります。

シックビルディング症候群(シックハウス症候群)は否定していません。

などと述べていることから、Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals にMCSより前に挙げられている (ということは鑑別としてはMCSより前に考慮すべきことととらえるのが妥当だと思う) 要因を見る必要があることは認識されていると思う。FAQ1 では、それが consult with "allergists" と表現されているのだと思う。

その上で、

「多種類化学物質過敏症」の概念を疑っているからといって、患者さんの訴えが嘘であるとか、気のせいであるとか、言っているわけではありません。その苦痛の原因が、化学物質の暴露ではないかもしれないと言っているのです。身体的な症状が心理的な要因によって起こりうることはよく知られています。あるいはホルモンバランスの異常など、化学物質の暴露とは無関係に起こった身体的な要因が原因かもしれません。

と書いているわけだが、ここらへんの記述から、個々の症状を診て、個々の症状に応じて、心因性の症状を疑って心療内科に紹介したり、ホルモンバランスの異常などを疑って内科に紹介して詳しい検査を受けてもらったりといった "consultation with allergists and other specialists" に相当することをするんだろうと読み取ってもよさそうに思う。

そういうわけで、NATROM氏の主張がこのFAQ1に書かれていることに反するということはないと私は思うわけだ。

いろいろ絞り込んでいった先に、「心因性」という診断とそれに対応した治療があっておかしいことはなかろう。
心因性」という診断は、追い返すためのラベルとして使われるのではなければ、治療に導くためのに意義があるし、そういう診断がついた場合に有効な治療法だってある。心療内科なめんな。